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神戸地方裁判所 昭和39年(わ)618号 判決

被告人 松村茂

主文

被告人は無罪。

理由

(本件公訴事実)

検察官は、

「被告人は、北九州市門司区西海岸通り二丁目二四番地の一〇所在の富士貿易株式会社門司支店の支店長をしているものであるが、法定の除外事由がないのにもかかわらず、

(一)  昭和三六年二月二六日頃、右支店事務所に於て、ギリシヤ籍貨物船プロシオン号の船長であるギリシヤ人カストウダス・スタマチオスに対して、同船に売却した船用品のコミツシヨン名下に本邦通貨である現金五万円を供与し

(二)  同年二月二七日頃、同市門司港岸壁に碇泊中の右プロシオン号船長室に於て、右船長に対し同船に売却した船用品のコミツシヨン及びオーバービル名下に、本邦通貨である現金一九万九千七百一七円を供与し

(三)  昭和三八年三月一八日頃前記富士貿易株式会社門司支店前道路上に於て、ノルウエー籍貨物船ポリローバー号の機関長であるノルウエー人セベンドセン・シガードに対し、同船に売却した船用品のオーバービル名下に本邦通貨である現金五千九百五〇円を北沢勝太郎を介して供与し

(四)  同日頃同所に於て、右ポリローバー号の司厨長であるハンセン・カレーに対して、同船に売却した船用品のオーバービル名下に本邦通貨である現金六千円を右北沢を介して供与し

(五)  同年三月二一日頃、同市若松港岸壁に碇泊中の右ポリローバー号司厨長室に於て、右ハンセン・カレーに対して、同船に売却した船用品のコミツシヨン及びオーバービル名下に本邦通貨である現金二千八百円を右北沢を介して供与し

もつて非居住者に対する支払をなしたものである。」

と主張する。

(当裁判所の判断)

本件各証拠によれば、被告人が、検察官主張のとおり、前後五回に亘り非居住者である外国船の船長やその他の乗組員に対し、コミツシヨン又はオーバービル名下に本邦通貨たる日本円を支払つたものであることは明らかである。

しかしながら、弁護人は、被告人が非居住者である外国船の船長その他の乗組員にコミツシヨン又はオーバービル名下に本邦通貨である日本円を支払つた行為は、外国為替及び外国貿易管理法(以下単に外為法という。)の目的に照らして、同法第二七条第一項第二号に違反する行為ではないと主張するので、この点につき順次検討を加えて行くこととする。

(一)  外為法制定の目的と同法による非居住者に対する支払の規制の立法構造

外為法は、昭和二四年に、当時の疲弊した国民経済を復興させるため、国が為替管理をして、国際収支の均衡と外貨資金の有効な利用を図り、併せて、資本の逃避を防ぐことにより、外国貿易を正常に発展させることを目的として制定されたものであつて、この目的を達成するため、同法は、その二七条において、非居住者に対する支払を全面的に禁止し、政令、省令によつて制限的に列挙したものについてのみ例外的にこの禁止を解除し、その他は外国為替管理令第一一条に基づき主務大臣の許可(若しくはこれに代るべき日本銀行等の承認)を受けた場合において始めて個別的にその禁止を解除するという、いわゆる「原則禁止、例外解除」の立法形式をもつてこれを規制しているため、非居住者に対する支払は、極めて制限されたものになつているのである(証人川野二三夫の尋問調書、鑑定人金沢良雄の尋問調書)。

(二)  外為法が、非居住者に対する本邦通貨の支払を禁止する目的

しかして、同法が、非居住者に対する本邦通貨の支払を禁止する目的は、日本円の為替公定相場の安定を図り、資本の流出を防ぎ、併せて日本が債務国となることを防止することにあるとされている。

(三)  本件コミツシヨン名下をもつてする本邦通貨支払行為の性格とその特質

本件において問題されている「コミツシヨン」の性格や特質について、検討を加えるに、証人バランダシス、同山野平、同伊藤彰二の各証言、証人川野二三夫、同梅沢親凡の各尋問調書、第七回公判調書中の証人神谷晴之、同西田久次郎の各供述記載及び第八回公判調書中の証人森井民夫の供述記載(以下、いずれもバランダシス証言等と略称する)並びに被告人の当公判廷における供述(以下、被告人供述と略称する)及び被告人の検察官に対する38・5・15供述調書等を綜合すれば、次のとおり認定することができる。

コミツシヨンとは、シツプチヤンドラー(富士貿易株式会社もその一つである)が、本邦内に入港した外国船に食料、船具等船舶用品を販売、供給した際に、主としてその船長に対し-時には、供給した物品の購入を担当する高級士官である機関長、司厨長等に対しても-支払うところの手数料(リベート)であつて、概ね売上高の五パーセント(利益の少い商品のときは二、三パーセントに止まることもある)-多いときでも一〇パーセントを越えることはない-を支払うものであつて、これは世界各国共通の商慣習として古くから行われているものである。

そして、このコミツシヨンは、日本においては、本邦通貨である日本円をもつて支払われ、これを受領した船長らは、日本における遊興や土産品の購入等に当て、日本国内においてこれを全て費消してしまうものである。

このコミツシヨンを船長らに支払わないときには、シツプチヤンドラーが外国船に販売供給した物品の代金をその外国船主に請求するために必要なインボイスに船長らのサインが貰えないとか、仮にこれが貰えたとしても、供給した物品に対して船長らから不当なクレームをつけられることにより、外国船主から代金を回収することが困難になつたりする、トラブルの発生が予想され、又外国船が日本での物品の購入を極力避けるような事態の発生すら考えられるのである。

又、外国船の船籍によつて、要求されるコミツシヨンの率が大体判つているので、シツプチヤンドラーは、コミツシヨンの支払分に相当する額だけ掛け値をした船用品の価格表をもつてその船から注文を取るのであるから、全く対価を伴わないところの出血支出ではなく、したがつて、コミツシヨンとして支出した分は、売上代金中に含まれて、後日標準決済方法によつて外国船主から外貨送金されて、外貨収入として日本に入つて来る訳であるから日本の国際収支になんら害を与えるものではないことが明らかである。

以上のとおり認めることができる。

(四)  外為法第二七条第一項第二号第七〇条第七号の解釈と本件コミツシヨン名下による非居住者に対する本邦通貨の支払がこの規定によつて処罰の対象とされるか否かについて

本件コミツシヨンの支払行為は、本邦通貨を非居住者に対して支払つたものであつて、この支払行為は、外為法や同法に基く政令、省令等において支払禁止が解除されたものとして列挙されているものではなく、又、この支払につき主務大臣の許可又はこれに代るべき日本銀行等の承認を受けたものでもないから、法律の文言の形式の上からは、外為法第二七条第一項第二号の禁止に触れる行為であることは明らかである。

しかし、刑罰規定は、単にその文言にしたがい形式的にこれを解釈するのみでは足りないのであつて、法全体の理念、法益保護の目的、行為の性質等に照らして目的論的に解釈しなければならないのである。

しかも、本件のごとく、行政犯として処罰の対象となる行為はその行為内容それ自体においては、反倫理的、反社会的なものではなく、国家が一定の行政上又は政策上の目的から、その目的達成のため、特に取締立法によつて行為を禁止又は命令することによつて、始めて犯罪とされるものなのであるから、実質的な処罰の必要と根拠が充分に明白に認められなければ、処罰の対象とされてはならないのである。

ところで、外為法は、非居住者に対する支払を制限するに当り先に考察を加えたとおり、原則禁止例外解除という立法形式を採用しているため、立法者が全く取締りを予期していないものまで形式上取締の対象とされ、国民が法の取締の対象となる等とは全く予想もしていない行為が、法の禁止に触れるものとして違法視される虞れがあることは、十分に考えられるところである(鑑定人金沢良雄の尋問調書)。

したがつて、この外為法の「非居住者に対する支払を禁止する」規定については、たとえ形式上この規定に触れる行為であつても同法の目的に照らし、この規定の法益保護の目的と行為の性質を検討して、実質的に取締の必要と根拠が充分に明白に認められないものは、この取締の対象とされ、処罰の対象とされるものではないと解釈するのが相当である。

しかして、外為法が非居住者に対する本邦通貨の支払を禁止しているのは、「外国貿易の正常な発展を図り、国際収支の均衡、通貨の安定及び外貨資金の最も有効な利用を確保するため」に日本円の為替公定相場の安定を図り、資本の流出を防ぎ、日本が債務国となるのを防止し、「もつて国民経済の復興と発展とに寄与することを目的」としているものであることは、前記のとおりであるところ、本件コミツシヨンの支払は、国際的商慣習として行われているものであつて、これを禁止するときは多くの弊害が発生し、却つて日本の外貨収入の減少をきたすものであり、しかもコミツシヨンを受領した外国船員はこれを日本国内で費消してしまい日本円が海外に流出する虞れが認められず、かつ、コミツシヨンに相当する額は商品の価格中に掛け値されているため外貨収入の減少となるものではなく、外国貿易の正常な発展を妨げ或は国民経済上損失となるものではないことが明らかであり、基本となる商品取引の決済自体は標準決済方法によつて決済されるものであることは、先に詳しく考察したとおり明白であるから、外為法第二七条第一項第二号によつて、これを敢えて禁止し、処罰の対象としなければならぬ、実質的な必要と根拠が充分に明白に認められるとは、到底いいえないのである。

検察官は、監督行政庁において、過大なリベートの支払を抑止し、リベート支払の実態を把握する必要があるから、本件コミツシヨンの支払も、行政庁の許可にかからしめる必要があると力説するけれども、本件コミツシヨンの支払が過大なリベートの支払であるとは決していいえないものであることは、さきに述べたとおりであり(概ね売上高の五パーセント程度で、多くとも一〇パーセントを越えることはなく、しかも、この分は、掛け値として商品価格に加味されているから、その見返りの外貨収入が期待できる)、又、仮に、行政庁においてコミツシヨン支払の実態を把握する必要があるとしても、これは、行政庁自ら調査するか、或は、シツプチヤンドラーに申告義務を課することによつて充分その目的を達しうることなのであるから、この目的達成のため、同法のこの規定を許可のないコミツシヨンの支払そのものを禁止しこの禁止に違反したものを処罰するものであると解釈することは明らかに必要の限度を越えて国民の経済活動に制限を加えるという不当な結果を招来することとなるのであるから、目的論的解釈にしたがうならば、到底かかる解釈を容認することはできないのである。したがつて、検察官のこの主張は採用できない。

(五)  本件オーバビル名下をもつてする本邦通貨支払行為の性格とその特質

本件において問題とされている「オーバービル」の性格や特質について、検討を加えるに、バランダシス証言、神谷証言、西田証言、森井証言、梅沢証言、青山証言、北沢証言及び伊藤証言並びに被告人供述等各証拠を綜合すれば、次のとおり認めることができる。

本件において「オーバービル」といわれているものは、外国船の船長或は船用品購入を担当する高級士官の要求にしたがい、シツプチヤンドラーが、外国船主に送付するインボイスに実際には当該外国船に供給しない品目数量を書き加えて水増しし、この水増し分に相応する日本円をその外国船の船長らに支払い、或は、この水増し分に相応する他の商品を外国船に納入することであつて、これは、実際には、次のような場合に行われている。即ち、先ず第一には、シツプチヤンドラーから、船主が買付を同意しないような物資を船用に購入する場合に、船長らがシツプチヤンドラーと協議して、インボイスに船主が買付を同意するような他の物資を購入したことに記載して、実際に必要な物資の供給を受けたり、第二には、船に損害が生じそれを日本国内で補修した場合に保険によつて填補されない不足分を補うためとか、船員が日本で医者にかかつて保険で保障される以上の治療費を要した場合にこの不足分を補うためとか、又、船の一般費目に入れたくない品物を日本において船用に購入し、その代金分を補うため等の必要のある場合に、シツプチヤンドラーに要求して、これと協議のうえ、インボイスに実際には購入しない品物を購入したように記載してこれを水増しし、この水増し分に相当する額の日本円の支払を受けたり、第三には、日本に入港した際に船主の代理店から船員の給料又は小遣のためのキヤツシユアドパンス(船用前貸金)しか日本円で受取つていない外国船が、船主の指定業者若しくは契約業者であるシツプチヤンドラーのいない港にたまたま入港し、緊急に必要な食料その他の物資を購入し、その代金は、このキヤツシユアドバンスの一部を流用して支払つたような場合に後日船主指定のシツプチヤンドラーのいる港に入り、そこから物資の給供を受ける際、先に緊急購入した物資もそのときに一緒に購入したようにインボイスを作成して、その分に相当する日本円をそのシツプチヤンドラーから支払つて貰つて、キヤツシユアドバンスの流用分を補うなどすることが慣行として行われており、船主もこれを行うことを認めているものもあるのである。一方、シツプチヤンドラーは、右の第二、第三の場合のように、オーバービルとして日本円の支払を外国船の船長らから要求された場合にそれを支払つてやるだけの余裕金のあるときには、顧客に対するサービスとしてこれに応じているものであり、したがつて、その際、シツプチヤンドラーは、船長らオーバービル要求者と協議のうえ、オーバービルとして支払う金額に、さらに海外代理店に支払うべき手数料、船主から支払を受けるまでの期間の金利、船主の値引き要求に応じなければならぬ金額、税金引当分等諸掛り経費を加算(概ね、二〇パーセントないし三〇パーセントを加算した額だけ水増ししたインボイスを作成して、これをもつて外国船主に代金請求することにより、後日標準決済方法によつて外国船主から商品販売代金として外貨送金を受けてこれを回収するのである。したがつて、この慣行は、船長らの側から見て、「カバー」とも称されている。

この「オーバービル」の慣行は、これを実質的に見れば、外国船に物資を販売し又は役務を提供した者が、直接、その船主に対価を請求してその支払を受けるべきもの、又は、日本にある外国船主の代理店が、キヤツシユアドバンスにより船主のため立替え支払つた分として、船主に請求すべきものを、便宜シツプチヤンドラーが立替え支払うことにより、シツプチヤンドラーが、外国船主に対し、その船用品販売代金の形式で立替分の決済を受けることになるものであつて、これは、他国に入港した際船長らが船主の代理店から支払を受けるキヤツシユアドバンスが、船員の給料を主たるものとするようになつてしまい、船舶用品、食糧等は、すべて船主の指定業者若しくは契約業者であるシツプチヤンドラーから仕入れ、その代金決済は、シツプチヤンドラーと船主との間で直接行うことが一般化されるようになつてから、外国船が、その種々の船用費用の必要にしたがつて、止むなく行うようになつた慣行である。

もつとも、バランダシス証言によれば、機関長や司厨長らが、自分の土産品購入等のための小遣銭をうるために、船長の許可をえて、オーバービルを要求することもありうることが認められるが、オーバービルしたものは全額船の一般費目に加えられてしまうのであるから、認められた費目の枠内で処理しなければならない訳であり、したがつて、自ら制限されたものであつて、屡々、かかることが行われるとは考えられない。

以上のとおり認められる。

(六)  本件オーバービル名下による非居住者に対する本邦通貨の支払が外為法第二七条第一項第二号、第七〇条第七号によつて処罰の対象とされるか否かについて

本件オーバービル名下をもつてする非居住者に対する本邦通貨支払行為は、本件コミツシヨンの場合と同様、外為法第二七条第一項第二号の規定の文言の形式の上からは、この禁止に触れる行為であることが明らかである。

しかし、同法のこの規定に関しては、前記(四)項において詳述したとおり、たとえ文言の形式上この規定に触れる行為であつても、同法の目的に照らし、この規定の法益保護の目的と行為の性質を検討して、実質的に取締りの必要と根拠が充分に明白に認められないものは、この取締りの対象とされ、処罰の対象とされるものではないと解釈するのが相当である。

はたしてしからば、前記(五)項において考察を加えたところからして、本件「オーバービル」は、第一に、外国船が日本に入港し、たまたま船用費に当てるべき(もつとも、コミツシヨンと同様に、外国船員の日本における遊興や土産品の購入に当てられるものもありうる)日本円が必要となつた場合において、そのための適当な入手先がないときに、これを捻出するため、止むなく、シツプチヤンドラーに要求して行わせるものであつて、商慣習といえないまでも或程度慣行として行われているものであり、船主もこれを認めているものがあること、第二に、オーバービル各下に支払われた日本円は、その用途に応じて日本国内で費消されてしまい、海外に流出する虞れのないものであること、第三に、その実質は、シツプチヤンドラーが行う立替え払いであつて、後日、標準決済方法により決済され、立替え分に相応する外貨収入を日本にもたらすものであつて、国際収支に悪影響を及ぼす虞れがないこと、第四に、外国船の一般費目の枠内でしか行われないものであつて、無制限に行われるものではないこと、第五に、この慣行が、外国貿易の正常な発展を阻げる虞れがあるものとは認められず、却つて、これを全て拒否するときは、日本のシツプチヤンドラーはサービスが悪いと評価され、その結果、外国船は日本での船舶用品の買付を極力避けるようになり、ひいては外貨収入の減少を来たすという弊害の発生が予想されるのであるから、さきに詳しく論じた外為法の目的及び同法が「非居住者に対する本邦通貨の支払を禁止する」法益保護の目的に照らして、本件オーバービルに名下をもつてする非居住者に対する本邦通貨支払行為を、敢えて禁止し、処罰の対象としなければならぬ、実質的な必要と根拠が十分に明白に認められるとは、到底いいえないものであることが明らかである。

以上説示したとおり、本件コミツシヨン又はオーバービル名下になされた被告人の非居作者に対する本邦通貨支払行為は、いずれも、外為法第二七条第一項第二号、第七〇条第七号によつて、処罰の対象となる行為ではないことが明らかであるから、これら各所為は、罪とならないものであるといわざるをえない。

よつて、刑事訴訟法第三三六条にしたがい、被告人に対しては、無罪の言渡をすることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 金沢英一)

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